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Accrete Voice

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アクリートが対話で探るリアルとデジタルが融合するコミュニケーションの未来

携帯電話番号は大きなポテシャルを持つ識別子である
――デジタルアイデンティティーの第一人者・崎村夏彦氏に聞く(1)

2022.06.10

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取材:2022年1月12日 アクリート本社にて
構成:IT批評編集部

今回は、日本におけるデジタルアイデンティティーの第一人者であり、アクリートの顧問も勤めていらっしゃる崎村夏彦先生をお迎えした。前半は、「デジタルIDにおける携帯電話番号の持つ可能性」や「自治体におけるDX推進のハードル」などについて、アクリート代表・田中優成がお話を伺った。

Profile

崎村 夏彦(さきむら なつひこ) NATコンサルティング合同会社代表、東京デジタルアイディアーズ主席研究員。米国OpenID Foundation理事長を2011年より、MyData Japan理事長を2019年より務める。Digital Identityおよびプライバシー関連技術の国際標準化を専門としており、現在世界で30億人以上に使われている、JWT、 JWS、 OAuth PKCE、 OpenID Connect、FAPI、 ISO/IEC 29100、ISO/IEC 29184など国際規格の著者・編者。ISO/IEC JTC 1/SC 27/WG 5 アイデンティティ管理とプライバシー技術国内小委員会主査。ISO/PC317 消費者保護:消費者向け製品におけるプライバシー・バイ・デザイン国内委員会委員長。OECDインターネット技術諮問委員会委員。総務省「プラットフォームに関する研究会」をはじめとして、多数の政府関連検討会にも参画。2021年7月に『デジタルアイデンティティー 経営者が知らないサイバービジネスの核心』(日経BP)を上梓。

携帯電話番号は優れた識別子

田中 優成(以下、田中) 崎村先生は、携帯電話番号の持つデジタルIDとしての可能性についてどうお考えですか。

崎村 夏彦氏(以下、崎村) ユーザーが、これが自分のものであると名乗れて、しかも一意(他人と被っていない)な識別子って実は少ないのです。日本人の大人のほとんどは携帯電話を持っていて、しかも番号はこれこれです、と自分で言うことができます。他にはメールアドレスが考えられますが、メールアドレスは複数持っていて、どこにどのアドレスを使っているのか混乱している人が少なからずいます。そういった意味では携帯電話番号は優れた識別子だと言えます。

田中 携帯電話不正利用防止法というものがあって、基本的には音声回線を伴う携帯回線サービスというのは、免許証、パスポート、住民票がないと回線契約ができない仕組みになっています。携帯電話番号はただの数字の羅列ではなく、裏にはそうした付加的な情報が存在していると言ってもいいと思います。

崎村 実在する人に対してリーチする手段として、携帯電話番号は有意だと思います。携帯電話番号は覚えやすいこととポータビリティがあるので継続して使いやすいというメリットもあります。なおかつ音声回線の場合には実在性の確認が取れています。そこに確認済みの情報が載ってくればますます使いやすくなるでしょう。

田中 最近は情報の発信ツールとしてLINEを活用する自治体も増えています。

崎村 LINEを使うこと自体は否定しませんが、LINEしか使えないというのでは、選択肢が用意されないという意味で困ったことです。Facebookを使いたくない人やLINEを使いたくない人も一定数いるわけです。また、二つとも独自インターフェイスです。自治体のサービスということであれば、こうしたサービスに限られるのではなくて、たとえば、携帯電話番号とSMSあるいは+メッセージのように標準化されていて、なおかつ提供者は法で規制されているために安心して使えるものが選択肢として提供されるべきと考えますも。日本は比較的安心できる国ですが、+メッセージにように送り手側の認証をしっかりすることで、今のSMSで起きているようなフィッシング詐欺やなりすましも防ぐことが期待されます。

住民サービスのDXを進めるためにも、携帯電話番号の登録は急務

田中 現時点では、住民基本台帳には多くの場合、固定電話番号が記載されていますが、今は固定電話を引いていない人もたくさん存在していますし、日本人の8割が携帯電話を所持していることからすると、住民サービスのDXを進めるためにも、携帯電話番号の登録は急務だと思います。

崎村 私は、昔から住民票に携帯電話番号やメールアドレスを記入する欄を設けるべきであると話してきました。マイナンバー制度が始まる際にも同じことを提言しています。住民票に住所が記載されているのは、お米の配給台帳の役割をそのまま引き継いでいるからです。戦後しばらくはその目的のために必要だったから住所が記載されていたわけです。届けたいものを届ける仕組みにしなければなりません。今であれば、届けたいのは情報なのですから、それに適したアドレスを入れるべきでしょう。そうなっていれば、行政としてはSMSも非常に使いやすいツールになると思います。

田中 マイナンバーカードがなかなか機能しないのも、入っている情報が今日的なニーズとズレているからですね。

崎村 日本ではマイナンバーというとカードにばかり目がいきがちです。つまり表層にばかりとらわれていますが、一番大事なのはデータベースに何を登録するのかということです。アイデンティティーとは属性の集合ですが、データベースにどういう属性を捉えておいたらいいのかをきちんと考えるべきです。市民が携帯電話番号を持っていたら登録してもらって、住民サービスに役立てるようなことを考えた方がいいし、そうなっていればマイナンバー制度ももっと便利に使えていたはずなのです。改めてメールアドレスや携帯電話番号を集めるところから始めなければならないというのは、すごく時間がかかるわけです。

田中 住所なら国民全員が持っているけれど、携帯電話番号やメールアドレスは全員が持っているわけじゃないからダメだという議論もあります

崎村 全員に一つのやり方で情報を送る必要性があるのでしょうか。携帯電話番号を持っている人にはその番号に行政からのお知らせを送って、そうでない人にはハガキで送るとかすればいいのです。逆にこれからは、二拠点生活やノマド的なライフスタイルを送る人もいるので、住所に郵便物を送ってもらっても不便な人だって増えてきます。海外と日本を頻繁に行き来する人にとっても、住民票の住所に封書を送られても困ることになるでしょう。現に私がそうなのですが。今はマルチチャネル、マルチプレゼンスなので、複数のものを使えるようにしておいて、その時々で適切なチャネルを使えるというのがモダンな行政なのではないでしょうか。何かに一元化するという発想にいきがちですが、それはおかしいのです。

DXで重要なのはデジタルに合わせて業務そのものをトランスフォームさせること

田中 モダンな行政という表現をされていますが、行政のDXをスピードアップするためにはどんなことが必要でしょうか。

崎村 DXのポイントは、業務を変えることです。デジタルに合わせて業務を変化させる、トランスフォームさせることが重要なのです。過去のやり方としては固定電話で良かったのでしょうが、デジタル化に合わせるならば携帯電話番号の登録が必須になります。

田中 デジタルツールを導入するだけなく、業務そのものをトランスフォームさせないと意味がないということですね。

崎村 私は「西用(せいよう)と変法(へんぽう)」という言葉でよく説明しています。これは清朝末期の言葉なのですが、西用というのは、西洋の進んだ技術を用いて、現在のやり方を効率化することです。それに対して変法というのは、まさにやり方を変えることを指します。進んだ技術に合わせてやり方、方法を変えることです。トランスフォーメーションというのは後者の変法のことだと思います。IT関係でいえば、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)が西用の最たるもので、既存のやり方は変えずに効率を上げる手法です。本来やるべきことは、デジタルの現実に合わせて仕事のやり方を変えることです。そうすると、今やっている仕事が本当は必要ではないかもしれないなどということが、浮き彫りにされてくるでしょう。

田中 デジタルを使って、無駄な工程をなくしていくことも含めてやり方を変えていくことが重要ということですね。

崎村 過去の技術前提において必要だったことが今でも手続きとして残されている、というのが行政の現状でしょうね。現時点のデジタルの技術段階を前提にすれば、その手続きの多くは必要なくなってくるはずです。

行政のDXは小さな単位でスタートして市民が利便性を実感できることが重要

田中 やり方を変えるためには、心理的な不安も解消してあげる必要がありそうですね。

崎村 その通りです。なぜなら人間が一番変わりにくいから。心理的なハードルがDXを妨げているとも言えます。公的セクターにおいては、一つのやり方で全員に情報を届けることができないと不公平になるといった、おかしなメンタリティがDXを妨げています。この場合、一番低いところに合わせることになります。

田中 行政が提供するサービスについては、「一斉に一律に」に現れているように、どうしても、行政として責任を追及されないレベルに落とし込もうという力学が働いているようにも感じます。

崎村 批判はされないかもしれないけれど、いざというときに使えなかったり質が低いものになったりしがちです。マイナンバー制度の始まりのときにも、まず小さく始めよう、特区みたいなかたちでスタートしてそこで課題を抽出して解決して、徐々に広げていくのがいいのではないかと提言していました。市民と行政とのやりとりというのはそんなに頻繁にあるわけではないので、制度としての魅力を高めるためには民間のサービスの巻き込みも重要になります。しかし、全国満遍なく制度は敷いたけれども使っている人が5%では民間のサービスの提供のしようがないのです。民間がサービスを提供するのには対象人口が少なすぎることになるからです。これが、ある地域で集中して普及させてほぼ全員がマイナンバーカードを持っているとなれば、すごく使い勝手がいいものになっていたでしょう。また、次の地域はそれに学んで更に良いものを提供するようなことも可能になってきます。地域ごとの行政サービスの差別化にもつながりますし、マイナンバー制度のメリットもより強く感じられたことでしょう。全国一律一斉ではないと平等に反するという声が勝ってしまったことで、このような好循環が生まれなくなってしまいました。

田中 現場の行政に携わっている人たちは何を考えればいいでしょうか?

崎村 地方行政はその逆をやればいいわけで、小さな単位ではじめて実用性を高めていくことです。地域ごとにマルチチャネルで住民にどうやって情報を伝えていくかに取り組んでいけば、DXは進むし、利便性が感じられるサービスはできると思っています。実証実験はたくさんやりますが、実験は所詮実験なので前に進まないというもどかしさもあります。実際に市民サービスとして提供され、市民がそれで利便性を実感できることが重要なのです。

田中 おっしゃる通りですね。浦添市でのSMSを使ったがん検診の受診勧奨の例では、市は受診対象者のうち携帯電話番号を取得していたのは38%にとどまりましたが、それでも大腸がんの受診率を前年比で40%もアップすることができました。

崎村 地方自治体の場合、隣の市がやって成功した、失敗したというのを横目で見て、自分たちで改良して取り組んでいくということが望ましいです。